鐘音過去記事

鐘音(てらだより)の過去記事です。

 当山のご本尊は千手観音ですが、千手観音には二十八部衆といわれる眷属がいらっしゃいます。観音信者を擁護する二十八人の護法善神たちですが、風神雷神を加えて「風神雷神二十八部衆」とも言います。
 上図は当山所蔵の二十八部衆(板の扁額に書かれたもの)の内の、風神雷神です。
 全部で三十人いらっしゃるはずが、実は当山所蔵のものは、二十八人しかいらっしゃいません。
 二人足りないのは、俗に仁王さんといわれる「密迹金剛力士」と「那羅延堅固王」の二人ですが、これは、当山の山門にいらっしゃるからということでしょうか。

 真言宗のお寺でよく目にする修行大師像。
真言宗の開祖、弘法大師空海上人の文字通り修行時代のお姿です。お衣と袈裟、網代笠、手っ甲脚絆に錫杖、鉄鉢をお持ちになるお姿が一般的です。
 しかし写真のお大師さんは、鉄鉢の代わりに五鈷杵と念珠をお持ちになっております。同行二人・衆生済度の御誓願を示す御入定のお姿(真言宗のお仏壇におまつりされているお姿)に通じる、慈悲あふれるお姿であると思います。
 このお大師さんは当山におまつりされていた御尊像です。大正9年に鋳造されましたが、戦争中に供出となり、おまつりされていたのはほんの短い期間でありました。
  現在は、新しいお大師さん(旅大師さん)がまつられております(鉄鉢を持っておられます。

 上はおそらく明治~昭和の初期の頃、庫裏から本堂の方を撮った写真です。まだ屋根が茅葺き(藁葺きかな)です。下は昭和の初期屋根替えをしたばかりの頃と思われます。銅板で葺かれ、現在は失われている宝珠の回りの「蓮弁」がまだついております。
 今はない樹木も写っております。現在では切り株だけ残っており、時代の移り変わりをつくづくと感じさせられます。

 上は絵はがきとして残っていた写真。
大雨のため何度も流され、現在は鉄の橋(通称赤橋)になっているが、これは宝珠がついた木造の欄干の立派な橋である。向こうに見えるのは仁王門。
 下は明治~昭和初期?
本堂から庫裏の方を撮った写真。二人の男女が写っているが、服装が時代を感じさせる。